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宗教との混同について

 投稿者:ヨムヨム  投稿日:2014年 3月19日(水)22時15分36秒
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  おそらく、たくみさんが心理学を宗教じゃないかとおっしゃる際には、宗教にも価値があると認識しているので侮辱的な意図はないのだろうと思います。ただこれには微妙な問題を感じます。

私は以前、中国を旅行中にイスラエル人の旅行者と知り合いました。彼は日本人は漢字を使うらしいので中国語を話すのだろうと思って旅行中の私を捕まえたわけです。

その彼の認識によると、中国も韓国も日本もみんな一緒くたに見えて違いなどわからないということでした。私は様々な面で中国と韓国と日本は違うと認識していたので、このイスラエル人の君たちは中国人と一緒に見えるという認識には驚くと共に、考えてみれば彼らから見えれば相違点よりも共通点のほうが目立つのだろうと思いました。

それは自然なことだしやむを得ない認識だと思います。ところが仮に彼が日本人や韓国人はみんな中国人だとまで言いだしたら話はどうなるでしょうか?別に中国人を嫌っていたり、その価値を否定してない人であっても、自分が誰であるとアイデンティファイしているものを全然違うものと一緒であると括られるのは、それ自体、不当で侮辱的なものでありえます。

特にユングとは事なり、フロイトは可能な限り科学的な方法で深層心理学を追求しようと努力した科学者ですから、簡単に宗教と混同されるようなことは望まないことでしょう。

心理学が宗教的な学問であったのではなくて、心理学を押し広げた思想の分野(あるいは思想的側面)になると、宗教的な色彩を帯びるところが出て来るかと思います。特に思想という世界そのものが科学的というより宗教的な世界に近いように思います。もちろん科学にも思想性があり、その思想性の中には宗教性が含まれています。
 
 
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