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余談ながら

 投稿者:ヨムヨム  投稿日:2014年 3月17日(月)17時48分0秒
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  あるいは蛇足かもしれませんが、フロイトについて肯定的に捉えるべきか、あるいは否定的に捉えるべきかについては私はどちらでも良いのではないかと思っています。無意識についての見方についても、フロイトのように否定的な立場を取ることによってはじめて見えてくるものもありますし、ユングのように肯定的な立場を取ることによってはじめて見えてくるものもあるように思います。

とはいえ、ある場合にはこうした歴史的な人物については肯定的にも否定的にもバイアスのかかった評価をされることが非常に多く、賞賛や批判のなかには的外れであったり、不当であったり、単純に誤解をしていると感じられることもしばしばあります。それは例えばフロイト批判やユング批判の言説のなかでも時折見られるものです。英雄崇拝のように虚像を祭り上げるのも、スケープゴートのように誰かを卑しめるのも、私たち人間の持っている基本的な習性ですが、時にそういうものが行き過ぎてしまうのを個人的に残念に思うことはあります。

たくみさんの著書で老人が暴力的になっている傾向について語ったものがあるようですね。私の身内にもそういうことがあります。昔からお世話になった叔母がいるのですが、彼女は長年連れ添った旦那さんに先立たれて、私の家の近くのアパートに引っ越して来ました。老後の一人暮らしにはストレスがたまるものらしく、いつもイライラを溜め込んでいるようです。それで私たちには親切なのですが、郵便配達の人とか歯医者さんだとか近所の人だとか、会うといつもそうした人たちの悪口を聞かされます。その時の叔母の顔はまるで鬼婆のようで、優しかったあの叔母とは別人であるかのような印象です。

それで彼女についての私の印象は単純な「優しい叔母さん」からだいぶ修正を迫られました。叔母は例えば歯医者のように、相手が悪く無い事柄でも相手の落ち度だとして相手を全否定するような物言いをします。相手の部分をとりあげて全体を否定するのですけど、どうも私の印象では部分が悪いから全体を否定しているのではなく、全体を否定するために部分を見つけ出したり作り出しているように見えるのです。

それと同じ仕方で彼女を捉えると、私は彼女を受け入れることが出来なくなります。そのため繰り返し彼女の鬼婆の顔を見ることがあっても、それを彼女の全体だとは捉えずに、なるべく忘れるようにしています。
 
 
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