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小説の影響

 投稿者:ヨムヨム  投稿日:2014年 3月17日(月)16時11分27秒
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  たくみさん、こんにちは。

古典的な偉人についての話の具体例のうち、私はたまたま小説家であるフローベールを取りあげました。しかし例えばそれは福沢諭吉であっても主旨としては同じことなのです。

また小説の影響については、政治・経済的イデオロギーと比べてより小さなものかについては、個々のケースやものの見方によっても変わってくると思います。小説は言語と(社会的な)物語そのものを直接に取り扱うので、その影響は表層的なものではなく、根源的・基礎的なものになります。

例えば言語の側面に関して述べますと、フランス、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパ言語においても現在の日本語においても、自然発生言語というよりも近代化の過程で人工的に作られた言語である性質が強いです。特に書き言葉は意識的・人為的に作られた性質が強いです。それは江戸時代以前の日本語文献と現代の我々の書く日本語の文章がいかに異なったものであるかにも直接的に現れています。そしてそのような新しい言語を確立するのに小説は中心的な役割を果たしています。

それから社会的な基礎的な物語について述べますと、これは小説だけが作り出して来たものではありません。しかし小説(物語)が中心的な大きな役割を果たして来ていることには違いがないと思います。例えば現代の我々の多くは人生のなかで恋愛というものの大きな課題について悩んだり苦しんだり、時にはそれが人生の醍醐味であるかのように捉えながら生きて行きます。ところが冷静に歴史を振り返ってみますと、こうではなかった時代・社会というものはたしかにあったと考えることができます。現代の我々一人ひとりは自由恋愛を通して各自の伴侶を得て、愛によって結ばれるという(社会的な)「物語」を無意識のうちに刷り込まれています。だからこそ、我々は恋愛をするのが当たり前で、良い恋愛をしなくてはならないと思い込んで生きるのです。そのように人間の思考や行動を基礎的に規定し影響をあたえる「物語」において、小説(神話などの物語を含む)は政治・経済的イデオロギーよりも意識のより深い層につながっていると思います。

深層心理学の世界では認識の知的な理解の層とより深い層とを区別しています。知的な理解の層は言語を用いた概念によって頭のなかで理知的に把握するような理解の仕方です。しかい人間はより深い層での認識システムをもっており、むしろこちらのほうがより強く根源的に人間を捉えています。それはユング派では「心像」の層として語っています。

知的な理解というのは例えばM・L・フォン・フランツというユング派分析家のクライアントで、知的な男性のかたがいたそうです。彼は自分婚約者の話をしばしば語ったのですが、どうもその相手の女性には重度の精神病を抱えているようである。それでフォン・フランツはあるとき勇気を出して、彼にあなたの婚約者は重い精神病だと思うと自分の所見を伝えます。しかし彼は事も無げに私もそうだと思うと言います。自分でも不審に思い、本で勉強したから、それがどんなものだかはわかると言うのです。この青年の理解は、分析家であるフォン・フランツにとっては「まったくわかっていない」ものでした。

政治・経済的イデオロギーはたしかに直接的で目に見えやすい形で影響を表します。しかしこれは意識レベルでみれば、まだ表層の部分、知的理解の水準での影響になります。したがって60年代には一気ににわか的にマルクス主義への傾倒が広がったのに、その政治の季節が過ぎてみれば、それは個人の精神に深く根付くことなく、容易に過ぎ去ってしまうことが起こります。

とはいえ個々の小説が社会的な大きな(あるいは基礎的な)物語の部分にどれくらい深く影響を及ぼしうるのかについては、具体的に表すのが難しい面があります。しかし例えば、フロイトがマルクスのように影響を与えたのだとすれば、フロイト及びその心理学に、文学が直接的な影響を及ぼしていることも考慮する必要があろうかと思います。「エディプス・コンプレックス」はギリシャ悲劇の『オイディプス王』になぞらえたものですし、フロイトはシェイクスピアやゲーテなどからも深く影響を受けています。
 
 
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