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行動派の「心」の否定

 投稿者:ヨムヨム  投稿日:2014年 3月 4日(火)15時35分58秒
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  余談になりますが、心理学関係で一つ奇異に感じている事柄があります。

それは行動派を主流とする心理学者が「心」の存在を否定していると言われることです。これは考えてみればある意味では理にかなっています。というのも、行動派は自らのたずさわる研究を純粋に科学的なものにすることにこだわっています。しかし「心」は誰の目にも映らず、科学的な観察の対象とすることができません。そのため行動派は「心」は実在しないと考えるようです。

これは実在という言葉の定義しだいで、実在するともしないとも言えてしまう事柄ですが、私が考えでは、心の存在を否定することは、お金の存在を否定するのと同じような事だと思います。

お金はたしかに人間社会の一時的な共同幻想としてのみ、お金として機能するモノです。言い替えれば、人間の主観の産物であって、自然界にそれ自体として客体的に実在する存在ではありません。そのためお金は科学的に実在するモノではないという言い方も成り立つと言えます。しかしお金は実在しないのだから、科学の対象ではないとして切り捨ててしまうと、経済学は成り立ちません。それにいくら科学者がお金なんて本当は無いんだと主張したところで、お金が我々人間にとって重要な意味を持つ実在として存在することは否定することのできない事実です。だから経済学者はお金を無いものとしてではなく、それが現に有るものとして研究対象にしています。

そうした観点からすると、行動派が「心」は存在しないという立場にたつことが非常に奇異なものに見えてきます。「心」が存在しないのではなくて、本当は「心」を研究対象にしていると認めれば自分たちが科学者で居ることができないのでそれを無いことにしたいのではないか。そんな風に穿った見方をしてしまいます。
 
 
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