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(無題)

 投稿者:A  投稿日:2009年11月 7日(土)10時45分14秒
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  たくみさまご返答ありがとうございます。2回ほど書き込みと質問をさせていただいた名無しです。今回からAと名乗ります。違う名無しさんが出てきたら混乱しますので。これまで配慮が足らず申し訳ありませんでした。
たくみさまの論旨を、工業化⇒核家族の性別役割分業⇒女性への家庭への従属⇒売買春の禁止と理解させていただきました。とても示唆的な内容だと思いました。ただ私が?と思ったのは、論旨のはじめの「工業化」についてです。
工業化にもいろいろな種類があり、必ずしも核家族をもたらすものではないと思いました。肉体労働が支配的なのは、何も工業社会だけではないですから。むろんそこも重要ですが、人間の再生産過程(つまり子育て)も含めて検討する必要があると思います。つまり、子育てにおける女性個人の占める割合が他の要素(国家による福祉的な介入=育児にまつわる様々なサポート、配偶者などのサポート)と比べてどの程度なのかと、ある労働市場で女性であることで生じるマイナスの要素はどれだけか、といった要素です。これなら単純なマップを作れそうです。日本は国家による福祉的な介入は低く、労働市場における女性であることのマイナスは高く、アメリカは前者も後者も低く、ヨーロッパは前者は高く後者は低いといった感じでしょうか?あくまで印象的な話ですが。
日本における女性の社会進出で特筆に価するのは戦争だと思います。そこでは慢性的な男性労働者不足によって女性の社会進出がなされました。戦後初の労働争議は確か女性労働者による路面電車の車掌職の解雇反対だったと思います(男性が戻ってきたので首切りだったそうです)。
私は売買春の禁止というのは、女性蔑視風潮の形を変えた残存だと思います。そして日本におけるその理由は、日本の近代化の方法にあったのだと思います。そのへんはまたの機会にしたいと思います。
長文&駄文失礼致しました。
 
 
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