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初めまして

 投稿者:ふろすと  投稿日:2008年 8月19日(火)01時57分54秒
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   江戸時代末期の吉原に関する文献を探しているうちに、このサイトにたどり着きました。
 書評の中で、江戸時代の男色を少年愛として説明しているところ、また、身分や立場の上下がその関係性にはっきり係わってくると言う解説も、なるほどと思えるものがあります。
 ただ、ギリシア時代の同性愛との比較において、江戸時代の男色と共通しているという所を読んで、少し疑問を持ちました。ギリシア時代の同性愛は、確かに年長者が若年者を教育する意味で性の対象とし、若年者が成長し、結婚することによってその関係を解消するという了解があったようですが、同時に、この時代彼らが求めていた美(最も美しいと考える形)は、若い男性の肉体であり(おそらくそれは神の姿に最も近いものという意味合いがあったのではないかと思うが)年長者はそれを愛でたと言うことがあったと思います。当時の若い男性の肉体は、彫像などを見ればわかりますが、お世辞にも、現代の感覚で言う「少年」ではありません。年齢的には十代の後半から二十代の前半かもしれませんが、どう見ても大人の男の肉体をしています。(頭の中はきっとまだ少年であったでしょうが)結果として、性愛という意味では、少年愛という言葉からイメージする形や、感性ではないと思われます。
 一方日本の場合、絵画などから伺える男色の形は、確かに少年愛的です。しかし、戦国時代などの主君と小姓の関係を考えると、やはり疑問が出てきます。有名な織田信長と前田利家の関係を考えたとき、二人の年齢差は、ある資料によれば五歳です。利家が信長の小姓時代に二人の関係があったと考えるのが自然だと思いますが、当時、利家が少年であるとすれば、信長も大差はありません。これでは、二人の関係がいわゆる大人の男性からの少年愛になり得たのでしょうか。長じて、二人の関係が肉体的なものから精神的なものへと変貌していった(というのは少々情緒的な考え方かも知れませんが)として、確かにこの2人の間には主従関係がありますから、対等な関係ではないという意味ではその通りだと思いますが、少年愛と言う言葉にそぐうとは思えません。
 結局の所、確かに対等な関係としての男色というは、「ほとんど存在しなかった」可能性はあると思いますが、しかしだからといって男色=少年愛 とも言えないような気がします。少年愛という形の男色が多く存在したのは確かだと思いますが、少なくとも年齢、肉体的成長、さらには精神的成長も対等である二人の人間の間に男色が存在したと言うことも、同じように多くあったのではないでしょうか。

 最後に、ホモとゲイの言葉の違いの説明を読んで、ちょっと思い出したことがあります。
 現在女性の一部ではBLと呼ばれる作品がもてはやされていますし、既にこの分野は、書店にひと棚儲けられるほどのシェアを出版界に築いています。もちろんBLの中の男性の同性愛は、実際のそれとはだいぶかけ離れているかも知れませんが、しかしそこに描かれるもののひとつの大きな流れは、二人の男性の関係が大きな意味で対等であると言うことです。例外もあると思いますが、極端に一方が優位に立ち、他方が虐げられていると言う関係は少ないように思います(それをあえてネタにしているものもあると思いますが)これは、おそらくBLの大半が女性の作家が描いているからこその感性かも知れませんが、全く男性の同性愛とは関係ない立場にいる女性が、奇しくも、日本ではなかなか育たないと言われるゲイの姿を描こうとしているというのは面白いと思いました。
 
 
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