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少年愛とゲイ

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 8月19日(火)19時06分11秒
   こんにちわ、ふろすとさん。
当サイトの「男色・少年愛やゲイ」の理解の仕方に、驚かれましたか?
少年という言葉に、なよなよした中性的なイメージがあるのでしょうか。

前近代というのは、世界中でほぼ同じ理念が支配していたのだと考えています。
つまり人間には生まれながらの上下関係があり、しかも、肉体労働が支配的だったので、肉体優位の社会だったはずです。現代のように人間は皆平等といった考えはなかった。
人間不平等観は、現在でも農業が主な産業である社会で今でも見られる価値観です。

というような大枠での捉え方ですから、逸脱する例もあります。それは同年齢の恋愛が主流の現代でも、ロリコンのオジさんがいたりすることと同じです。
読んでくださって、感謝です。
 
 

初めまして

 投稿者:ふろすと  投稿日:2008年 8月19日(火)01時57分54秒
   江戸時代末期の吉原に関する文献を探しているうちに、このサイトにたどり着きました。
 書評の中で、江戸時代の男色を少年愛として説明しているところ、また、身分や立場の上下がその関係性にはっきり係わってくると言う解説も、なるほどと思えるものがあります。
 ただ、ギリシア時代の同性愛との比較において、江戸時代の男色と共通しているという所を読んで、少し疑問を持ちました。ギリシア時代の同性愛は、確かに年長者が若年者を教育する意味で性の対象とし、若年者が成長し、結婚することによってその関係を解消するという了解があったようですが、同時に、この時代彼らが求めていた美(最も美しいと考える形)は、若い男性の肉体であり(おそらくそれは神の姿に最も近いものという意味合いがあったのではないかと思うが)年長者はそれを愛でたと言うことがあったと思います。当時の若い男性の肉体は、彫像などを見ればわかりますが、お世辞にも、現代の感覚で言う「少年」ではありません。年齢的には十代の後半から二十代の前半かもしれませんが、どう見ても大人の男の肉体をしています。(頭の中はきっとまだ少年であったでしょうが)結果として、性愛という意味では、少年愛という言葉からイメージする形や、感性ではないと思われます。
 一方日本の場合、絵画などから伺える男色の形は、確かに少年愛的です。しかし、戦国時代などの主君と小姓の関係を考えると、やはり疑問が出てきます。有名な織田信長と前田利家の関係を考えたとき、二人の年齢差は、ある資料によれば五歳です。利家が信長の小姓時代に二人の関係があったと考えるのが自然だと思いますが、当時、利家が少年であるとすれば、信長も大差はありません。これでは、二人の関係がいわゆる大人の男性からの少年愛になり得たのでしょうか。長じて、二人の関係が肉体的なものから精神的なものへと変貌していった(というのは少々情緒的な考え方かも知れませんが)として、確かにこの2人の間には主従関係がありますから、対等な関係ではないという意味ではその通りだと思いますが、少年愛と言う言葉にそぐうとは思えません。
 結局の所、確かに対等な関係としての男色というは、「ほとんど存在しなかった」可能性はあると思いますが、しかしだからといって男色=少年愛 とも言えないような気がします。少年愛という形の男色が多く存在したのは確かだと思いますが、少なくとも年齢、肉体的成長、さらには精神的成長も対等である二人の人間の間に男色が存在したと言うことも、同じように多くあったのではないでしょうか。

 最後に、ホモとゲイの言葉の違いの説明を読んで、ちょっと思い出したことがあります。
 現在女性の一部ではBLと呼ばれる作品がもてはやされていますし、既にこの分野は、書店にひと棚儲けられるほどのシェアを出版界に築いています。もちろんBLの中の男性の同性愛は、実際のそれとはだいぶかけ離れているかも知れませんが、しかしそこに描かれるもののひとつの大きな流れは、二人の男性の関係が大きな意味で対等であると言うことです。例外もあると思いますが、極端に一方が優位に立ち、他方が虐げられていると言う関係は少ないように思います(それをあえてネタにしているものもあると思いますが)これは、おそらくBLの大半が女性の作家が描いているからこその感性かも知れませんが、全く男性の同性愛とは関係ない立場にいる女性が、奇しくも、日本ではなかなか育たないと言われるゲイの姿を描こうとしているというのは面白いと思いました。
 

講演した

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 7月 3日(木)20時09分12秒
   先日とある大学で、「表現におけるストーリー」という主題で講演をした。
100人くらいの学生さんが、熱心に聞いてくれた。情報社会論を下敷きにしたもので、物的世界から事的世界へと転じているから、表現も物としての作品が大切とはかぎらず、物の裏に隠されたストーリーが重要になった、といった話をした。
 カンディンスキーから河原温などを見せながら、「I EAT」といった冗談作品をからめて1時間の話だったが、大勢の前で喋るのは難しい。
 

柏の一家殺人

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 6月25日(水)08時56分41秒
   24日に柏市で一家4人が殺された。この犯人は、77才の老人だった。
4人も殺されて、しかも、犯人は思慮分別のあるはずの77才である。にもかかわらず、マスコミの扱いは、きわめて小さい。
 秋葉原殺人事件をあんなに大きく報道しながら、なぜ、この事件はきちんと報道しないのだろうか。若者の凶悪事件は減っているが、老人の凶悪事件は増えている。老人が暴力に訴えないように、マスコミは報道する義務があるだろう。
 

結婚要件は不合理

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 6月 5日(木)19時12分35秒
   婚外子差別の国籍法は、違憲だという判決がでた。当事者たちはさぞ嬉しいだろう。慶賀の限りである。
 <両親が結婚していないことを理由に、日本国籍を認めない規定は法のもとの平等に反する>
法律婚だけが正当ではないという。性別役割分担の核家族という結婚を選ばない人たちがふえた。
 最高裁は核家族から単家族へ家族のあり方が、変わりつつあることを認識している。
むしろ、マスコミを初めとする巷間のほうが、核家族を守りたがっているように見える。
それにしても、良い判決だった。
 

のら猫の手さんへ

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 5月11日(日)12時45分13秒
   昔と言っても、明治以前になると、事情は違います。
 明治以前は、田や畑にと女性は男性とならんで、貴重な労働力だった。だから、女性にも男性に抗する発言権があった。この時代には、女性が自立していたから、自ら欲情できた。
 しかし明治以降、女性から仕事(=職業)が取り上げられ、結婚して専業主婦として家庭に入ることを強いられるようになった。女性は男性から選ばれなければ結婚できなくなったここで、「愛される」という受け身的な生き方が、女性のとるべき処世術になっていき、それが現在までつづいています。

 専業主婦が主流の社会では、女性は自ら欲情すると色情狂と見られるようになり、セックスが好きだとは公言できなくなった。そこで男性は、女性の全身にある性感帯を前技によって刺激し、充分に濡れてから挿入するよう教育された。しかし、このベッド・マナーは、女性は受け身の存在と見ていることで、もし、女性が自ら欲情し濡れていれば、前技など不要でただちに挿入が望まれるでしょう。

 女性を濡らすための、男性による優しい前技という考え方は、女性を大切にしているようでありながら、じつは女性は受け身であると言っているに等しく、女性が自ら欲情することを否定しています。女性の経済的な自立のない専業主婦という生き方が、女性の積極性を押さえ人間性を歪めてきた。その反射的な効果として、性別役割分担という制度が普通になり、年収が多く肩書きが上位の男性を褒めそやすようになった。

 古い秩序とは、性別役割分業を推進したかった工業社会のものです。女性が経済的な自立を得れば、自ら欲情したことを公言できるようになるでしょう。
 

たくみさんへ

 投稿者:のら猫の手メール  投稿日:2008年 5月 9日(金)22時10分49秒
  たくみさんが以前にお書きなさってらっしゃってましたよね。昔の家父長制度だった時代から、今の女たちは中途半端に社会的自我ばかりが目覚め、それでいて実態は経済的にも社会的にも性的にもまだまだ自立できずに依存心が残っているのだらけ。これが混乱の元だって。確かに。

男でも立場によって利害関係が違います。
まずは女たちが経済的や社会的や政治的自立をする件について。
★ 女が、金と地位で男を選ぶ社会状況がいいか。
★ 女が、男の学歴や肩書きや年収なんて全然気にせず、若さと容姿で男を選ぶ社会状況がいいか。
ゲイの社会では、独立した男性ばかりだから、相手を学歴や肩書きや年収では選ばず、若さや容姿重視が多いとか。

金も地位もないけど性的魅力のある男性たちからしたら、昔のほうが悲惨で、今の女性の経済力獲得と自立と解放の社会状況のほうが救済されるでしょう。

それにさらに女の性が解放され依存心が全然なくなったら。男でも立場によって利害関係が全然違います。
★ 女がテクニックと経験のあるおじさまに身をゆだねるという社会状況がいいか
★ 女が若くて容姿のいい美少年嗜好でテクニックなんて全然求めず童貞でもいいって夢中になる社会状況がいいか

私が、当サイトでギャグ半分で主張したことですが。「10代美少年童貞ブームをおこしてはどうか?」って。自分でも笑っちゃうけど。
そういう私自身、性的テクニックなど全然で、何もできない男の子にただ横になっててもらって私が勃起させ騎乗位で満足させてあげるだなんてまだまだ不可能ですから。

若い女の子からおばさんまで「10代童貞美少年がいい!」「テクニックなんて全然いらない」って社会になって殺到したら。
それはそれで「そのほうがいい」って救済される男の子らも大勢いるでしょうね。古い秩序にしがみつきたい男性達からしたら許せないでしょうけど。

http://www.hcn.zaq.ne.jp/noranekonote/

 

のら猫の手さんへ

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 4月29日(火)10時56分11秒
  こんにちわ、のら猫の手さん。
 買春とは性的な関係を買うことですから、男性が売り手になる場合、ふつうは勃起が要求されます。ところで、フェニミズムは性関係を社会的な視野におきましたが、性が社会的支配下にあることは、男女ともに同じでしょう。女性の「ぬれる」という現象と同じように、勃起とは単なる生理的な現象ではなく、心理的な言いかえると無形の社会的な支えがあっておきるのだ、と思います。
 男が買い、女が売るという関係を、女が買い、男が売るという関係に置きかえることは、勃起を支えるメンタリティも変わることです。いままで、男性の勃起を支えてきたのは、「男は強いんだ」「男は優れているんだ」といった、社会的な自己肯定感だったのではないでしょうか。男性優位という自己肯定は、社会的な支えを持っていたので、フェニミズムの批判の対象になったわけですが、今後は何が勃起を支えるのでしょうか。
 社会の価値が肉体労働から頭脳労働に変わることは、男性の存在証明もあらたに探さなければならず、大きな問題を孕んでいます。
 

買春する女、「のら猫の手」です。

 投稿者:のら猫の手メール  投稿日:2008年 4月27日(日)17時04分22秒
  たくみさん お褒めありがとうございます。買春する女、「のら猫の手」です。小谷野敦氏とのやりとりの邪魔をしてはいけないとずっと長いこと静観してきましたが。もう終わりそうなので、私も一言。

以前に、たくみさんともメールのやりとりをしましたね。
たくみさん「私は女の買春を肯定します」「私の最大の疑問ですが。男性が性を売る場合、、勃起するかどうかが重大な問題ですが、勃起しないということがるのでしょうか? その場合どうするのでしょうか?」
私はそれに答えのメールをしましたよね。
確かに女性の売春に比べて、男性の売春は困難である場合がありますよね。それをどうするかが今後の課題でしょうね。

小谷野敦さんへ
女の買春の件ですが。
私は美少年や美青年を買春をしました。最低な人間性のやつらに傷つけられたこともあるけど。でも心優しい方々との交渉で私は救済されました。そういう例もあるということを申しあげておきます。
他の大勢の女性たちがホスト客になりホストたちから傷つけられ悲惨な目にあわされる例もたくさんあることは存じ上げてはいますが。

女の性の商品化、気分悪い。大勢の女性たちが気分悪いって批判をしてきた。それを男性達が「ブスやおばさんのひがみから、かわいこちゃんを守ってあげよう」って。
そして最近、美少年の性の商品化が勃興してきて、女性たちも享受するようになってきた。
当然、男の人らは気分悪いでしょう。
それへの対処はどうするか?
★ 美少年の性の商品化なんて気分悪いからなくせ!でも男が美少女を楽しむのはいたしかたがない。という過去の男女の二重基準の時代へと戻りますか?
★ 男女平等に、性の商品化をなくすべきか。
★ 男女平等に、性の商品化を肯定すべき。気分悪くてもお互い様と我慢すべきことか。

http://www.hcn.zaq.ne.jp/noranekonote/

 

韓国の戸籍制度

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 4月 3日(木)10時02分31秒
   友人の韓国人から、戸籍制度が廃止されたと聞かされた。
今年の1月に、韓国の戸籍制度が廃止されたのは知っていたが、韓国人の口からその話題がでたということは、韓国でも話題だったのだろう。

 夫婦を核として子供など家族をひとまとまりに登録する制度は、韓国と我が国に特有の制度だった。家族単位の戸籍制度は、日本占領時代に韓国に押しつけたものであり、占領の遺産をすこしずつ消しているのだろう。もともと、韓国は結婚しても別姓を名乗り続けるので、家族単位の戸籍は不自然だった。だから世界標準の個人単位の制度に変えたのだろう。
 これで家族単位の戸籍制度を持っているのは、我が国だけになってしまった。
 

エイプリル フールじゃない

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 4月 1日(火)10時13分45秒
  4月1日の東京新聞から、
(岩谷継雄さんは)身体障害者の男性を性風俗店へ送迎する「闇の仕事」に就いていた。
 ある日、遠くの街に住む車いすの障害者から注文が入った。「初めてだ」という。新幹線で迎えに行き、抱きかかえて、駅裏の店に連れて行った。事情を話すと、女性は「大丈夫。私らプロだから」それから店の外に出て、終わるのをじっと待った。
 迎えに行くと、客は心の底からうれしそうに話した。
「女性と話したことはあるけど、看護師やヘルパー、事務所の職員さんが仕事で話しかけてくれているだけだった。でも、きょう初めて、女性と人間的な会話ができた」
 

なぜ、男女平等か

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 3月28日(金)13時54分3秒
   小谷野敦さんが、なぜ男女不平等は許されず、男女平等でなければいけないのか、に答えられないように、男女平等を旨とする人たちも、男女平等でなければならない理由を答えられません。
 男女平等を主張しながら、なぜ? と問われると答えられない。それでも、男女平等が正しいのだ、と言うから、もう信じていることのオーム返しにしかすぎません。
 本サイトは、なぜ男女平等かを、あちこちに書いていますので繰りかえしませんが、理由なしの男女平等の主張は、思想の押しつけです。押しつけとなれば、あとは多数決で決めるという小児行動。残念ながら、これが我が国の男女平等論の現状なのでしょうね。

   小谷野敦さん、なぜ男女平等か、考えてください。
 

小学校6年生の自殺

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 3月27日(木)18時39分17秒
   小学校6年生が、大好きと大嫌いを言い間違えただけで、責任を感じて自殺した。
なんと惨い事件だろうか。言い間違いだけで、死までをも考え、自殺させる。この社会は、一体どうなっているのだろうか。

 恐ろしい世の中だ。12歳の少年に、自殺を強いる社会は、異常そのものだ。しかも、その理由たるや、ちょっとした言い間違いだけだ。ほんとうに、恐ろしい世の中だ。
 

売春について-4

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 3月26日(水)20時31分26秒
   売春の是非とは、気分が良いか悪いかではなく、性的な自由に社会的な規制のかかることが問題なのです。
 男と女の生理構造が違うのは、古今東西で当たり前のことで、これからも変わらないでしょう。身体の構造が違っても、男女は社会的に平等に扱われるべきだというのが、男女平等の主張です。

 小谷野敦さんに質問ですが、なぜ男女不平等は許されず、男女平等でなければいけないのですか?
 

(無題)

 投稿者:小谷野敦メール  投稿日:2008年 3月26日(水)13時36分19秒
  男も売春すればいいという議論も9年くらい前にあちこちで出ていましたが、その後北原みのりや中村うさぎが試してみたりして、あまり気分のいいものではないということで落ち着きました。第一、生理的に男は女と同じように売春はできません。  

売春について-3

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 3月26日(水)12時21分55秒
   言葉の定義を問題にすれば、「売春」という言葉からして、はなはだ曖昧に使われます。
性交がなければ売春ではないかと言うと、そうとも断定できませんが、売春とはおおむね金銭の授受をともなう性交と考えています。売り手は女性に限りません。女性の売り手が圧倒的に多いですが、男性も売り手になっています。また、同性間の性的交渉を性交と呼ぶか否か問題はあるでしょうが、同性間でも売春は行われているようです。

 ちなみに「のら猫の手」さんが、<男を買う>サイトを運営しておられ、ボクは彼女を高く評価しています。男性の買春を批判するより、女性が男性を買うほうが、はるかにフェミニストらしき行動だと思います。

 売春にかんして<不愉快>とか<蔑視>といった精神的なというか、意識の問題にはあまり興味がなく、売春が制度的に合法か否か、つまり法的に許容されているか否かを、ボクは主に問題にしています。ですから、バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」の結論に賛成で、小谷野敦さんの関心にはあまりお応えできないようです。

feminist さんへ
 ポルノについては、「遡及的想像力」と「続・遡及的想像力」として、本サイトに掲載していますが、売春については纏まったものとしては掲載していません。ポルノと売春にたいする社会的な規制は、よく似たところがありますので参考になると思います。
 

(無題)

 投稿者:feminist  投稿日:2008年 3月26日(水)07時02分55秒
  たくみ氏> 売春に対する見解を<売春批判>から<売春必要悪論>変えることは、思考のきわめて大きな改変と言うべきで、ほぼ原理的な転向と言ってもいいものです。

その通りですね。

著書において、「女やフェミニストに好かれたいという媚根性で売春批判を唱えていた」
その後は特に理由も無く主旨変えした、
そのような「原理的考察が足りない」ノータリン君と話しても得るものは無いでしょう。

たくみ氏はこういう問題について著書もあるようですが、ご意見の要旨などを
ネット上で発表してられますか?
 

(無題)

 投稿者:小谷野敦メール  投稿日:2008年 3月25日(火)22時40分13秒
  分かりやすく言いますが、夫が娼婦を買えば妻は不快です。だから女は売春に不快感をもつのではないですか?  

(無題)

 投稿者:小谷野敦メール  投稿日:2008年 3月25日(火)22時25分48秒
  申し訳ありませんが、先生の学問的素養および論理的構築性が乏しく、議論になっていないと思います。管理売春の定義は何ですか? ソープランドは管理売春ではないのでしょうか。売春婦が自分の稼ぎで豊かに生活できるようになったのは、せいぜい1980年代以降、少なくともトルコ風呂以後のことです。「わが国の女性論者は専業主婦を擁護する」というのは、「専業主婦を擁護する」の意味が分かりませんし、具体的に誰がどのような文献でそれを示しているのか分かりません。  

売春について-2

 投稿者:たくみメール  投稿日:2008年 3月25日(火)13時13分27秒
  言葉というものは、すべて多義的です。
ボクは生理・精通があれば、未成年者もセックスして良いという考えですが、売春とセックスは違います。子供や精神障害者の性は、管理売春になりやすく、問題をまた別様に立てるべきでしょう。

 何をもって蔑視というかは、その社会が決めることです。戦前、車引きは蔑視されたか、蔑視されたでしょう。また、スラムの住人は蔑視されたでしょう。では、スラムの住人から、売春婦は蔑視されたでしょうか。ボクは売春婦は蔑視されなかったと考えています。

 経済力のある売春婦の存在は、稼ぎのない専業主婦と鋭角的に対立するため、核家族擁護派には売春婦の存在が許せないのです。我が国の女性論者は専業主婦を擁護するので、女性の売春を肯定できない人ばかりです。ボクは、売春を悪だとはまったく思っていません。
 しかし、売春が高く売れるのは、アイドル歌手やスポーツ選手と同様に若い時代だけですから、生涯賃金は低く必ずしも良い職業ではないと思います。保険もないし年金もでないし、現在のところ、売春はやはり一時的にやるものでしょう。

コールガール  投稿者:大学教員  投稿日:2007年 3月 5日(月)10時15分26秒
上記のような投稿もありました。
 

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