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(無題)

 投稿者:コバカン  投稿日:2007年 6月12日(火)23時09分20秒
  この掲示板は自己レスの場とすることに決めました。でも、書き込みも歓迎しますよん。  
 

(無題)

 投稿者:コバカン  投稿日:2007年 6月 4日(月)23時09分39秒
  誰かー!  

(無題)

 投稿者:コバカン  投稿日:2007年 6月 2日(土)22時56分3秒
  誰か書き込みしてくれ!  

(無題)

 投稿者:Hiroshi  投稿日:2005年10月10日(月)01時13分30秒
  ふと、ロースクールの友人がテネシーに避難すると言っていたのを思い出す。テネシーに連れて行ってもらう以外に方法はない。残額が尽きようとしているプリペイドの携帯電話を取り出し、友人に電話をかけるも、誰も応答しない。彼も早朝に出発すると言っていた。もう時既に遅しなのか?!!  

レポート

 投稿者:Hiroshi  投稿日:2005年 9月18日(日)23時25分11秒
  眠りの浅いまま午前4時に起床する。思考は思うようには働かない。しかし、シカゴまでの14時間以上の長旅を4人用乗用車に5人で乗るには無理がある。万が一交通事故に遭った場合には後部真中に乗る5人目の人間が重傷を負うことになりかねず、自分がそうなるのは嫌だし、他人がそうなるのも嫌である。しかも、昨夜、外国人女性が乗ることについてYesと言ってしまった。
意を決して、出発前の運転手を務める友人に連絡し、自分が彼女に席を譲るから4人で行ってくれと言ってシカゴ行きを辞退した。これから僕はどうやって避難すればよいのだろう。24時間以内にはハリケーンがニューオリンズを襲うことは間違いない。一体どうすればよいのだ。
 

(無題)

 投稿者:Hiroshi  投稿日:2005年 9月 8日(木)19時37分59秒
  こちらは昨日テネシーからアトランタに移り、領事館で緊急の渡航
書を発行してもらいました(ニューオリンズに戻ることを想定していたのでパスポート
はアパートに置いてきたのです。被災者ということで無料でした。)。そしてこれからアメリカを発ち日本に戻ります。当初は、日本に帰国する前に少しでもニューオリンズのた
めに何かできることはないかと思い、この夏働いた政府機関のアトランタオフィスでのポジションを模索したのですが、なかなか難しく、あきらめておとなしく帰国することとしました。American Red Crossに一定額を寄付した他は特段の事はできず、その点、自分の無力さを感じ不甲斐なくもありますが、身の安全を考えるとやむを得ないと思っています。飛行機が無事着陸してくれることを祈るばかりです。
 

レポート

 投稿者:Hiroshi  投稿日:2005年 9月 4日(日)23時35分44秒
  その夜出発の準備をしている最中、運転手を務める友達の携帯からの電話を取ると、電話の相手はその友達ではなく、その友達のルームメイトの外国人女性であった。話してみると、私もその車に乗ってもよいかと英語で尋ねている。4人用の乗用車に5人乗ることは居心地のよいものではないが、女性一人を置いて避難するわけにも行かないし、もともと「NOと言えない日本人」的な性格を持つ典型的な僕は、「No Problem」とつい答えてしまった。そう答えてしまったものの、後部座席の中央に座らなければならない5人目の人間はもし万が一事故が起こった場合最も深刻な傷害を負いかねない危険な位置にすわらなければならないため自分がそこに座るのも嫌であったし他人をそうさせるのも嫌であった。そのような懸念を払拭することができなかったので、再度その女性に電話をかけて、ヒューストンに行く3人の連中の席が一つ余っているのでそちらに行くことを考えてくれないかと話したところ、彼女は「私はヒューストンには行きたくないの、シカゴに興味があるの。」とこの緊急事態を避難としてではなく旅行として捉えていた。「これは旅行ではないんだ、避難なんだ。できる限りの安全を確保することを考えてくれ。」と説得を試みるも、彼女のシカゴに対する私的な興味を曲げることはできなかった。こちらもシカゴからニューオリンズへの帰りの航空券を既に予約してしまっているし、シカゴにいる友人の家にも滞在させてもらうことになっているので、そう容易に自分自身の目的地を変更するわけにもいかない。困り果てながら床に就くもなかなか寝付けない。  

心境

 投稿者:Hiroshi  投稿日:2005年 9月 3日(土)01時52分24秒
  現在無法地帯となっているニューオリンズで多くの人々が苦しんでいる一方で、自分はハリケーンの難を逃れてここテネシー州で幸運にも安全に生きている。Tulane Law SchoolやNew Orleansという街及び人々には大変感謝しているので、何か街の復旧のために協力したい。しかし、今New Orleansに戻ることができない以上、American Red Crossに一定額を寄付する他には僕には何もすることができず、そんな無力な自分が不甲斐ない。  

レポート

 投稿者:Hiroshi  投稿日:2005年 9月 3日(土)01時47分55秒
  気がつくと、アパートにはTulaneの留学生達が集まっていて、どこに避難するのか、誰と一緒に行くのか、車で避難するのかそれとも飛行機で避難するのか、といったことを協議している。シカゴまで逃げると言う者、ハリケーンの影響がまだ残っているかもしれないフロリダに行くと言う者、モンタナまで行くと言う者までいて皆まちまちだ。(しかし何もモンタナまで行かなくてもとは思うのだが。)いずれにしても避難するという方向で話は進んでいる。一方、Law Schoolの友達に電話してみると、彼はニューオリンズに留まるとのことであった。同じ事象を体験しようとしているのに、人によって受け止め方がまちまちで従ってまた判断も異なって来る。僕はシカゴに行くという友達の4人用乗用車に4人目の者として同乗させてもらうことになり、翌日(8月28日)の朝5時に出発するということにして皆それぞれ自分のアパートに戻って行った。  

レポート

 投稿者:Hiroshi  投稿日:2005年 9月 2日(金)13時50分31秒
  翌日(8月27日)朝早く起床しCNNをつけてみたが、やはりハリケーンがニューオリンズを通るという予想に変わりはなかったし、Nola.comの予想図も同様であった。益々避難の方向に気持ちが傾くが、一方で、せっかく自力で得たニューオリンズの法律事務所での研修の機会を失いたくないという気持ちもあり、葛藤は高まるばかりであった。その事務所のボスに連絡を取るも、長くニューオリンズに住んでいる彼はハリケーンに慣れっこなのか、それともテレビのニュースを見ていないのか非常に楽観的であった。
万が一に備えて食料と水を買い込むために外に出るが、街の様子からは避難の雰囲気は感じ取れない。St. Charles Street Carに乗って暢気に観光を楽しむ者や美容室で陽気に髪の手入れをしている者もいる。これが翌日にハリケーンが直撃するかもしれない街の雰囲気なのだろうか。ハリケーンが襲い甚大な被害を被っている現在のニューオリンズの悲惨な姿からあの時の光景を振り返ると、あれは正に異様と形容する他ない。これが、ニューオリンズが正に「Big Easy」との異名を持つことの所以であろう。
 

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